GMブログ

2007-06-23

[]TRPGサイト界におけるネットイナゴ 00:01

 最近ネットイナゴについて考えています。

 最近では、はてブにおける否定的コメントも「ネットイナゴ」として批判されている。

塾講師のつぶやき - ネットイナゴ

 もちろん、ネットイナゴに類する問題は、今になって顕在化したものではなく、以前から指摘されてきたことです。池田氏ネットイナゴに関するエントリが波紋をよび、再考の切欠を得たブロガー達の間で、今再び旬な話題として扱われているのが現状です。はてな改善に乗り出すことをにおわせたので、話題性に拍車をかけていますね。

 そうした中で、上記リンク先でも説明されているとおり、ネットイナゴの定義が広がりつつあるようです。対象のサイトに直接行為を及ぼすことが無くとも、外部のサイトで従来の定義におけるネットイナゴ的な活動を行うことで、結果として、対象サイトを閉鎖に追いやったり、対象サイト管理人を含む関係者に不快な思いをさせる・・・・そうした行為の温床として、これまでは2chがよく叩かれていましたが、今回は、はてブネットイナゴの集う場になっている、と指摘されました。

 これをTRPGサイト界(テキストサイト界を真似た造語)に当てはめると、あながち他人事とは思えずにいます。ですから、今回のネットイナゴ騒動を、TRPGサイト界におけるそうした諸問題を考える良い切欠として、いちど自分の考えを整理することにしました。

 彼らに食いつかれるのを恐れて、専門家ブログ意見を表明しないし、普通ユーザー(特に女性)はSNSに逃げ込んでいる。はてなは、自分で自分の首を絞めているのだ。このままでは、小倉氏もいうように、悪貨が良貨を駆逐するだろう。成熟したWeb2.0プラットフォームをめざすのなら、はてなユーザーに一定の品位を求めるべきである。

池田信夫 blog はてなに集まるネットイナゴ

 ネットイナゴの襲来によって、サイトが閉鎖されたり、エントリが書き直されたり、パスワードロックがかかったりして、その存在に価値があると感じていたコンテンツが、ネット上から消えてしまうのは残念なことです。また、池田氏の指摘のように、ネットイナゴを恐れるあまり、誰かが意見を表明できずにいるなら、それも悲しいことだと思います。

 ネットイナゴにやられてしまうようなナイーブな人は、もうしょうがないんじゃないか・・・という話もありますが、そこで切り捨ててよいものでしょうか。

ブログ炎上 ~Web2.0時代のリスクとチャンス (アスキービジネス)

ブログ炎上 ~Web2.0時代のリスクとチャンス (アスキービジネス)

 インターネットに慣れ親しんでいるリテラシーの高い人なら、ネットイナゴに食いつかれても、経験によって培われた耐性でものともしません。TRPGに慣れ親しんでいるリテラシーの高い人なら、経験によって悟った価値観の多様性を踏まえ、ネットイナゴに食いつかれそうな危ない発言はひかえるでしょう(確信犯的に危ない発言を繰り返す人もいますけれど)。

 しかし、それでは初心者は食いつかれるままです。もちろん、それをTRPGサイト界への参入障壁だ!などと仰々しく語るつもりはありません。つけ加えると、食いつかれる方も自業自得に思えるケースは多々ありました。けれども、相手を傷つける可能性のある言葉を紡ぐことに、いったい何の意味があるのでしょうか。

 「○○なんだよ馬鹿!」とか「○○じゃねーよ阿呆!」という台詞があったとして、○○が無ければ、それはただの罵倒です。「主義主張を異にする者がここにいる」というメッセージを、単純に二文字に短縮した結果馬鹿」や「阿呆」になるのかも知れませんが、そこにどんな意味をこめようとも、相手に何かが伝わることはないでしょう。

 他方、まさに相手を傷つけることが目的だった場合、確かに発言者鬱憤を晴らしたり、リアルでは体験できない加虐や被虐で心を満たすことができるのかも知れません。しかし、まがりなりにもコミュニケーションを前提とした遊戯であるTRPGを話題として扱いながら、そうしたネット上での代償行動を認める風潮があるとすれば、TRPGサイト界とは何て歪な世界だろうと思います。以下のエントリは、特にTRPGサイト界隈と照らし合わせながら読むことで、とても他人事とは思えない内容に感じられ、考えさせられました

 リアルでは許容されない暴力が、ネット上にはある。それを許容する「場」があるからだ。罵倒を芸風とかキャラクターだとして容認するような感覚が、曖昧に共有される「場」。驚くべきことに、ネット人間関係や人との距離感に敏感な人が、罵倒者の無礼な振る舞いを黙認していたり、人を褒めることの暴力性を懸念する人が、交流している相手が罵倒を吐き散らしていることには寛容だったり、批判を価値観の強要と取るような人が、他人を一方的に貶める言葉を吐く者を擁護したりする(その言葉が自分に向けられたものでなければいいのだろう)。

Ohno blog ネット上の暴力

 言論統制でもしたいのかね?

 と問われれば、そんなつもりはありません。むしろ、ネット上におけるネガティブコメントは、ありだと考えています。ネット上での罵りあいが、本気であれ、釣りであれ、それはコミュニケーションであり、エンターテイメントだということは、テキストサイト時代に認識しておりまして、ネットバトルも肯定的に捉えています。

 ただ、上記のエントリにある、「気に入らない者や言説に対して、その理由を論理的に説明をする手間を省き、ただ不快感の表明として吐かれる罵倒言葉喧嘩でもないのに、いきなり威嚇や脅しとして吐かれる罵倒言葉。さしたる根拠も示されないまま投げつけられる罵倒や嘲りは、理不尽な暴力である」という認識でいるわけです。

ネット時代の反論術 (文春新書)

ネット時代の反論術 (文春新書)

 ですから、ネットイナゴにやられてしまうようなナイーブな人は、もう仕様がないんじゃないか・・・という話に対する私なりの答えは、たしかに仕様がないけれど、だからといって、単なる罵倒言葉暴力は容認しないし、容認する場や空気を肯定しない。ということ。

 関連して、私はよく褒め言葉として「馬鹿」や「阿呆」を使うのですが、もちろん、これも相手に伝わらない可能性を考慮する必要があります。場合によっては暴力として受け取られかねないという認識と、リスクを負った上で使うべき言葉であると考えております。自分の認識では罵倒暴力とまでは言わないネガティブコメントでも、慣れていない者に与える影響は大きいので、そのことに無自覚なまま、祭り気分でネットイナゴに参加するのは危険ですね。

また、このことは私自身、肝に銘じる必要がありますけれど、もしもネットイナゴをしている方が、このエントリを読んでいたなら、自分の発言が結果として相手に与える影響を想像してから、キーボードを叩いて欲しいと願います。

[]卓ゲ板はイナゴの巣窟? 00:07

「え? 井上(仮)さん、2ちゃんねるなんて見るんですか?」

 と、昔はよく言われたものです。今は市民権を得ていますが「言葉は荒くとも、どこか牧歌的」という、私の卓ゲ板に対するイメージと、私の知人達が抱いている卓ゲ板に対するイメージとの間には、依然として齟齬があります。

 まあ、その辺は感覚の違いでしかないのですが、ネットイナゴの問題を話しているうちに、「だから卓ゲ板はいくない!」という人がいて、妙にひっかかる部分があったものですから、卓ゲ板は本当に良くないのか?と考えました。

 TRPGサイト界におけるネットイナゴを考えるうえで、その温床として、度々指摘されてきた卓ゲ板について。知人いわく「匿名なので発言が無責任」「匿名なので継続的な議論ができない」。そんな環境の中で、ネットイナゴがすくすく育ち、たまに群れをなして飛んで行く様を想像する人が沢山います。

 たしかに「言ってないことを読み取るマン(下記エントリ参照)」がやたら目につきますから、私自身「匿名責任を持つ必要がないためかなぁ」と推測することはあります。

 相手の言ってないことをベースに反論するのだけはやっちゃいけないと思った。

ARTIFACT@ハテナ系 - 言ってないことを読み取るマン参上!

 エスパーのごとく書き手の思考を読み取った上で、書かれていないことに反論し、想定した人物像を批難し、こんなことを考えているのだろうと勝手想像して嘲笑する書き込みは、ある意味エンターテイメントなのですが、これにウンザリする方は多いようです。

 ネタを評価しろ。

烏賊学研究所・二号館 070416

 当の「言ってないことを読み取るマン」は、テレパシーで書き手の思考を読み取ったのではなく、文脈を読んだ上で述べていると主張するのかも知れません。しかし、私も書き手のエントリには興味があるものの、どこの誰かも分からない名無しさんの(かなり飛躍のある)文脈の読みと、それを土台にした書き込みには、ネタ以外の魅力を感じないので、その手の書き込みは真面目に反応しません。

 また、継続的な議論を放棄したり、その必要性を感じていないためか、口調が攻撃的だったり無礼であったりする風潮がありますね。そこにムカついて、ろくに読まずに「卓ゲ板は掃き溜めだ」と切り捨てた人もいます。たしかに、怒るのも無理はありません。

 なぜ礼儀(口調)を重視するのか? それは、初対面の相手とコミュニケーションを継続しても徒労に終わらないか?というのを判断する材料として、礼儀は使いやすいからだ。礼儀というプロトコルを守る人は、このあと、誠実に対話をしてくれる可能性が高いと判断しやすい。

ARTIFACT@ハテナ系 - ネット上の礼儀問題

 しかし、そうした意見を述べる知人に対して、私は、個々の事例についてはそのとおりだけれど、だからといって、卓ゲ板をひと括りにして善し悪しをはかることはできないし、ネットイナゴ等の問題を、「卓ゲ板の連中」という曖昧存在押し付けてしまうことは、問題の本質を見誤ることに繋がりかねない、と指摘しました。

 とはいえ、文章なんて、探せばいくらでもツッコミどころがあるのだし、ましてや短い文章から勝手人格を読み取って「馬鹿」とか「阿呆」とか「氏ね」とか書いている人なら、その様を指されて、ひと括りにされて、「馬鹿」とか「阿呆」とか「氏ね」とか言われたって、文句は無いだろうなぁ、とは思います。

[]卓ゲ板が匿名である利点 00:07

 書き手は、業界的なことや、政治宗教などについて、たとえ毒舌に書いたとしても、自分のハンドルレッテルを貼られたり、信用を失ったりしない。誤解を招いても不利益がないのでフォローにまわる労力がいらないし、思い切った表現で誤解を恐れずに、のびのびと書ける。誰が書いたかわからないので、論理的な批判はできても人格批判は起きづらい。自分のブログではスタイル確立されていて書きづらい内容でも、卓ゲ板なら一定数のTRPGユーザーが目を通す場に文章を書ける。

 読み手も、匿名なので言及し易い。何故なら見知らぬ人には儀礼的無関心を発揮するのがTRPG界隈であるし、有名人に対して言及しにくい人もいるだろう(狭い業界なのでしがらみ云々)

 「匿名でなければ書けないこと」というと世間では内部告発とかそういうハードな方向で語られるけれど、書いた人の属性がわからないからこそ言葉の断片が普遍的なものとして心に受け入れられることも多いんじゃないだろうか。

詠み人しらず